今回の記事は(柄にも無く)テキスト量が多いです。急ぎの方は、1枚目の写真より下を読んでください。
ジャサール山(Mt.Jasar)へは、カバシタアゲハ(
Chilasa agestor)とキゴマダラ(
Sephisa chandra)が目的で行きました。(キゴマダラは見られなかったけれど。)
どちらの蝶も、マレーシアではこの場所以外では殆ど見られないものらしく、その上、カバシタアゲハに至っては、この時期(12〜1月)でないと見ることができない、ちょっと特別なものなのだそうです。
しかし、ジャサール山へ登った26日は、生憎の曇り空。山頂に着いたは良いものの、カバシタアゲハどころか、その他の普通種すら、ろくに飛んでいません。数種のデリアス(主に
Delias ninusと
D. bellladonna)が高い木の上でびゅんびゅん飛びまわっているだけで、写真屋にはお手上げな状態でした。
そんなところへ、シヴァさんという現地で採集人をしている方が柄の長い捕虫網を持ってやってきました。話を聞いてみると、毎日このポイントに通って採集しているのだそうですが、今日の天気はダメだと言います。そんなこんなの諦めムードで、シヴァさんと話をしながら(というか僕はシヴァさんとオオタさんが話しているのを脇で聞きながら)、雲が切れるのを待ちました。
―少し雲が切れて日が差し始めた時、シヴァさんが斜面の遥か下の方を指さして、叫びました。
「
Chilasa(マネシアゲハ)!」
・・・しかし、僕の視野には蝶らしきものは見当たりません。やはり、現地のプロの目は別格です。
すると、シヴァさんが「写真を撮りたいのなら、ついて来い。」と言います。
現地の採集人の言うことをポンポン信用してしまっていいものだろうか・・・?(少なくとも、シヴァさんに利益は無いわけだし。)と、内心少し疑いながらも、どうせじっとしていたところで発展性がないのも分かっているので、言われる通りついて行ってみることに。
ジャングルの斜面をしばらく降りたところで、シヴァさんがまた・・・
「
Chilasa!」
しかし、目の前を飛んでいるその蝶は、カバシタアゲハではなく、日本でも見ているアサギマダラのように見えました。カバシタアゲハは、アサギマダラに擬態していると言っても、標本で見る限りそれほど似て見えないし、飛び方も全然違うと聞いていたので、目の前に見えるアサギマダラそっくりのそれが、カバシタアゲハであるわけがありません。
父:「
Parantica(アサギマダラの属名)!Not
Chilasa!」
・・・当然の反論です。
しかし、シヴァさんは、
「No. No. Chilasa!」
と言って食い下がりません。
―どちらが正しいか、結果はすぐに分かりました。目の前に(といっても4〜5m離れたところの枝に)そのチョウが止まったからです。
その蝶は紛れもなく、カバシタアゲハそのものでした。
僕たちの完敗です。(シヴァさんにも、カバシタアゲハにも。)
アサギマダラ自体それほど見たことがないとは言ったものの、カバシタアゲハなんかに(という言い方も失礼だけど)ここまで騙されるとは、思いもしませんでした。確かに、注意して見れば、アサギマダラの飛び方と少し違うのは分かる(でも似ている)のですが、間違いなく、あれはアゲハの飛び方ではありません。
熱帯の擬態はすさまじいものだと痛感しました。
▲カバシタアゲハ(
Chilasa agestor)のオス。アサギマダラ(
Parantica sita)に擬態している。先日掲載した
オオムラサキマネシアゲハ(Chilasa paradoxa)と近縁(同属)な種。 (2007年12月26日 Mt.Jasar, Malaysia PENTAX *istDS, 70-300mm)
そういえば、カバシタアゲハをはじめ、マネシアゲハの仲間はクスノキ科の植物を食樹とします。
クスノキは、樟脳(しょうのう)の原料となることで有名で、抗菌・防虫効果があります。つまり、おそらくは、毒を持っているのだと思います。(詳しいことは知らないのですが・・・。)
そんなクスノキ科植物を食べて育つマネシアゲハは、もしかしたら毒を持っているということは考えられないでしょうか・・・?
マネシアゲハは、マダラチョウへの模倣(ベイツ型)擬態だというのが定説ですが、そうではなく、マダラチョウとの相互(ミュラー型)擬態の可能性があるのではないかと思うのです。
同様にクスノキ科植物を食樹とするチョウとして、アオスジアゲハが挙げられます。
アオスジアゲハを毒蝶だと考えている人はまずいないと思いますし、確かに、日本ではアオスジアゲハに擬態したチョウというのもいません。
しかし、海外ではアオスジアゲハと似たスタイルのチョウがぽつぽつ見られます。
アタマスフタオ(Polyura athamas)やその近縁種(
P. hebe、
P. arja、
P. mooriなど)、
Sumalia daraxa(イチモンジチョウの白帯を青緑色にしたようなチョウ)など・・・
皆さんは、どう思われますか。?
▲ジャサール山頂。マレーシアでは、この時期、この場所でないと、カバシタアゲハには出会えない。ちなみに写っているのは、僕たちと一緒に旅行したヨドエさんと、ポイントでばったり出会った採集人のシヴァさん。 (2007年12月26日 Mt.Jasar, Malaysia OLYMPUS E-330, 14-54mm)
▲カバシタアゲハ(
Chilasa agestor)は、飛ぶ姿が予想していた以上にアサギマダラに似ていて、すっかり騙されてしまった。でも、それを伝えようと思って撮った飛翔写真はみんなピンボケ・・・。恥ずかしくて見せられるような代物ではないけれど、小さなサイズで掲載。 (2007年12月26日 Mt.Jasar, Malaysia PENTAX *istDS, 70-300mm)
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Commented by 蝶山人 at 2008/02/07 11:13
私は鎌倉のアカボシゴマダラ夏型♀を
飛翔中にアサギマダラと間違えました(笑)
これ程は似てないけどタテハの飛び方とちゃいました。
Commented by
fanseab at 2008/02/07 23:35
Chilasaの発生時期はサラリーマンが長期休暇を取り難い時期に一致するので困った奴です(笑) 山頂にヒルトッピングで集まる個体を効率的に狙うのでしょうね。標高はアサギマダラの生息する1500m以上でしょうか?
Polyura athamasやarjaの斑紋について、小生はPareroniaや、アカボシゴマダラ同様、リュウキュウムラサキに代表される淡いブルー系Ideopsisに擬態していると睨んでいます。
Graphiumをモデルとする仮説もナルホド面白いです。種類をまたぐ斑紋収斂と擬態の関係は深遠なテーマですね。
Commented by
ze_ph at 2008/02/10 01:00
蝶山人さん
アカボシゴマダラは飛んでいるとリュウキュウアサギそっくりだと聞いたことがあるのですが、見たことがないので信じられません(笑
ただ、ゴマダラチョウの春型のメスの飛び方なんかを見ると、たしかにタテハの飛び方というよりも、マダラ・シロチョウ系の飛び方をしていますよね。
Commented by
ze_ph at 2008/02/10 01:11
fanseabさん
ご推測の通りです。標高も1600mくらいだったと思います。
ブルー系Ideopsisですか。たしかに言われてみれば、色の方向性など似ていますね。(ところで、リュウキュウムラサキではなくてリュウキュウアサギのことですよね?)
ただ、P. athamasなどこの系統の斑紋をした蝶が軒並み力強い飛び方をするのを考えると、モデルも力強い飛び方をする蝶なのではないかと思うのです。(もしくはそもそも全くの見当違いなのかもしれませんが・・・)
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fanseab at 2008/02/10 11:47
<ところで、リュウキュウムラサキではなくてリュウキュウアサギのことですよね?
恥ずかしながら間違えました(大汗) その通りです。
<モデルも力強い飛び方をする蝶なのではないかと思うのです・・・
Graphiumにバードビーク観察例が少ないとか、鳥の食害に会い難い証拠を掴みたいですね。
Commented by
ze_ph at 2008/02/11 19:17
fanseabさん
>Graphiumにバードビーク観察例が少ないとか、鳥の食害に会い難い証拠を掴みたいですね。
毒蝶や擬態蝶が他の蝶よりも捕食率が低いだろうということは予想できますが、簡単に違いが見いだせるほどの差が実際にあるのかどうかは疑問で、これを調べるのはかなり難しそうな気がします。
昆虫なんて多産多死の典型みたいな生物である上に、早いサイクルで世代交代していくので、1%未満の小さな生存率の違いでも将来の大きな発生数の違いにつながるはずです。そのため、毒蝶・擬態蝶とその他の蝶との捕食率の違いも、その程度のごく僅かなものにしか過ぎない可能性が高いのではないかと思います。(だからこそ、あまりモデルに似ていないような擬態も、それなりの効果があるのではないかと思います。)
また、もし仮に有意差の見出せる結果が出たとしても、それがGraphium自体が毒を持っているからなのか、それとも、Graphiumが何らかの毒蝶への擬態チョウだからなのか、ただ単に飛ぶのが速いからなのか、原因を特定できません。
・・・言われて真剣に考えてみると、なかなか難しいですね。
僕には、化学的に成分を調べてみることくらいしか、Graphiumが有毒(もしくは不味い・臭い)なのかどうかを確かめる方法は思い当たりません。
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丸山 at 2008/02/16 13:21
お久しぶりです。
アオスジ系のGraphiumと一部のPolyuraの模様の類似には私も気になって考えたことがあるのですが、飛翔時に輪郭をぼやけさせる効果があるのではないかと想像しました。どうでしょう。
いずれにしても、ある外敵にとっては隠蔽的、別の外敵にとっては警告的など、さまざまな要素が適応度に影響を与えて蝶の模様を形作っているのだと思います。
また、色感、動体視力などは、人間と捕食者では大きく違うでしょうから、人間の目での判断には限界があるでしょうね。
毒の(効果の)有無は成分の分析と同時に鳥やトカゲを使った捕食実験が不可欠でしょうね。人間にとっては毒でも他の動物には無毒だったり、その逆もありますからね。
ところでKinta Highlandって、すばらしいですね。この冬には絶対に行きたいと思います。こんど情報をいただけると幸いです。
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ze_ph at 2008/02/20 16:13
丸山さん
お久しぶりです。
うーん、輪郭をぼやかす、ですか。確かに言われてみれば、擬態などとは全く無関係に、何らかの同じメリットを得ることを目的とした、一種の収斂である可能性は否定できないのですよね。
>毒の(効果の)有無は成分の分析と同時に鳥やトカゲを使った捕食実験が不可欠でしょうね。人間にとっては毒でも他の動物には無毒だったり、その逆もありますからね。
そうなのですよね。でも、鳥やトカゲの学習や慣れが、実験の妨げになるような気がしてなりません。しかも、それに加えて、毒という概念から少し外れて、不味み、臭みなどで身を守っているという場合も考えられます(それだと慣れが大きく影響しそう)から、一筋縄ではいかない難しい実験になりそうです(苦笑)
Commented by
アラムシャ at 2009/07/11 21:19
zeph さんの記事、大変興味深く拝見しております。
自分は在マ15年で、最近、蝶に興味を覚えたところです。
ところで、コメントの中のジャサール山の標高(1229m)をお知らせいたします。
今後とも宜しくご指導下さい。
Commented by Y,K at 2011/07/25 12:52
3年前くらいから蝶に凝っている者です。
今アサギマダラを調べていて擬態のことを知りたいのですがよい情報はありませんか?
アカボシゴマダラは私も逗子で1頭だけとりました!結構きれいで一瞬アサギと間違えました。
あれは外来種でその地域に生息する他の日本の蝶の生態系を乱しているそうですよ;(
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